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家族が増えます
<不妊治療を経験しました>

サブリナの幼稚園を決めた頃、私の体調も良かったし旦那と「もうひとり欲しいね。」という話をしました。

しかし、なかなか子供はできず。。。基礎体温もなんだか怪しい感じ。素人にはよく分からないけど、どうも低温期の体温が高いような気が・・・・。まずは心療内科の主治医に問い合わせたところ「3ヶ月に1度の血液検査では確かにプロラクチンが高めだけど、気にする数値ではない。」とのこと。「気にするな。」と言われても、「プロラクチンの数値が高め」とか言われたり、プロラクチンを出す作用のある薬を常用している事実は変わらないため、どうにも気になり始めました。サブリナが幼稚園に入園し落ち着いた6月に産婦人科へ行くことにしました。

心療内科での血液検査の結果を先生に見せたら「プロラクチン、高いね。コレは難しいかも。。。」という答え。プロラクチンとは母乳を分泌させるホルモンのことで、プロラクチンの数値が高いということは体は授乳中と判断している。授乳中ということは妊娠は難しいということになります。ここで??なことは心療内科の主治医の言った「気にする数値ではない。」という事。主治医に聞き直したわけではないけれど、たぶん日常生活にはなんの問題もない数値なんだろうと思います。実際、特に薬を飲んでいなくてもプロラクチンの数値が高くて生理が来ない人は存在します。でも産婦人科の先生が専門的に見れば、子供が欲しいならこの数値は難しいという事なんだと思います。

というわけで、私は不妊治療をすることになりました。治療をしていく上で分かったことは、私が「産後うつ」になって鬱を治すために様々な薬を飲んで、今も服用していて・・・・体に与える影響はかなりあったという事でした。抗うつ剤にはプロラクチンを分泌させる作用のある薬は結構多いです。私も今飲んでいる薬の他にも何年もそういう作用のある薬を飲んでいました。その為生理周期は平均的な28日だけど、低温期は長く体温は高め、高温期は短く体温が低め。卵胞は充分に育たず排卵される。限りなく無排卵に近づいている状態。。。案の定、治療を始めて2ヶ月後、排卵しなくなりました。

でも、ここで誤解をして欲しくないのです。私は「産後うつ」を治すために薬を飲みました。そして次の子供が欲しいというところまで元気になりました。ココまで元気になれたのは、家族は勿論ですが薬の効果も大きいのです。「2人目が欲しいから、薬は飲まない。」とか「そういう状態になりたくないから薬は飲まない。」とかそういう問題ではないという事です。元気になれば体を元に戻すことは可能です。薬を出した心療内科の主治医の薬の選択ミスでもなんでもないと言うことだけは、分かって欲しいのです。まずは元の自分に近づくこと。そこからまた始めればいいと私は思います。

不妊治療は大変でした。何年も治療をされている方は本当に大変だなぁとつくづく思いました。
プロラクチンの分泌を押さえる薬を飲み、生理が始まると排卵誘発剤を服用しました。基礎体温から排卵日を調べ、その日の4日くらい前から病院通いが始まります。卵胞の育ち具合を見ながら排卵のタイミングを伺います。1日おきの受診、しかも内診です。排卵のタイミングを見計らい先生から「今日と明後日。」と指示が出ます。・・・・・なんともいえない気分です。排卵がなくなってからは黄体ホルモン補充の注射も通いましたので、約2週間1日おきの受診になりました。

そんな中、次々にママ友の妊娠が判明しました。生理が始まる度にその月に使った治療費を全て溝に流しているような感覚に陥りました。「良いなぁ。私はその為にお金まで使ってるのに。」そんな、思っても仕方のないようなことを考えてしまいます。育っていても自力で排卵する元気もない卵子を無理矢理排卵させることに疑問も持ち始めました。11月、治療を始めて5ヶ月。しばらく休むことにしました。ギブアップではないけれど、どうにも続ける元気がなくなりました。

3ヶ月治療を休むことになり、いろいろ考えました。治療中はそれだけに集中してしまう時期があり、事務的に流れていたことに気が付きました。本来はそこに気持ちや思いが詰まるべき事でも事務的になってしまっていた事実。サブリナと旦那と3人で机を囲んでおやつを食べたりするとき「もう、この3人でも良いのかなぁ?」そんな思いもありました。年が明けて節分も過ぎた頃だったかなぁ?サブリナが言いました。「ママ、なんで サブリナのいえには あかちゃんが こないの?」・・・・アレ?アナタ、赤ちゃん欲しいのかい?って感じでしたが、なんとなくその言葉に「やっぱり欲しいよね。」という気持ちが戻ってきました。

治療を休んでいる間、心療内科の主治医は「治療を休んでいても、減らせる薬は減らそうよ。」と減薬を進行してくれました。3ヶ月前とは随分薬の量が減っていました。その状態で3月から不妊治療を開始しました。基礎体温は続けていたので排卵日と思われる日に受診するように言われていました。受診した日、卵子はすでに排卵したあとでした。あれほど排卵しなかった卵子が、既に排卵していたのです。驚いてしまいました。念のため、黄体ホルモン補充はしました。そして3月の生理は来ませんでした。

3月末、産婦人科を受診して妊娠が判明しました。今お腹にいるチビさんは、それまであれ程見てきた卵子達のように私に姿を見せてはくれませんでした(笑)限りなく自分の力で世に出ようとしている運の強い子だと旦那は言います。事ある事に、それまでの経緯の中から出てくる不安でビクビクする私に「大丈夫。ちゃんと産まれる。」そう言い切る旦那がいます。サブリナもとても喜んで、でも私を見ながら「ちゃんとうまれる?」と心配もしつつ・・・赤ちゃんがやってくる日を楽しみにしています。最近は「なまえは どうするの? まだ きめないの?」と非常に焦っております(笑)

妊娠が判明したことで心療内科の主治医から言われました。「まず、出産までは(鬱の)問題はないだろう。でも産後、鬱が再発する確率は50%。だけど再発したとしてもアナタの周りはみんな経験者。勿論あなたも経験者。サブリナちゃんの時のように酷くさせない方法はいくらでもあるよ。」
出産に向け旦那とふたりで、準備を始めました。まず、サブリナの時大変だった母。旦那の意向で「母を私に近づけない。」方向で話が始まりました。大袈裟かもしれませんが、私もコレが一番心配です。「お産は病気じゃないから退院したら普通に動け。」という考えの母は私に近づけない。旦那の思いは十分に理解できます。なので母にサブリナを預けることにしました。幼稚園にも普通に通えるということでも決定です。
私の産後のお世話はいつものヘルパーさんにお願いすることになりました。社会福祉課の保健師さんも地域と市の保健師さんがひとりずつの2人体制で関わって下さることになり、サブリナのことでお世話になったこども課の保健師とも連携を取れるよう配慮して下さり、産まれたらチビさんのために関わって下さることになりました。ヘルパーさんと保健師さんとも連絡が取れるようになっています。私の方が驚いて恐縮してしまうほどの体制が、私の知らないところで出来上がっていました。

私はといえば・・・・これは良いのか悪いのか分かりませんが、かなり「なんとかなるさ」な感じです。思ったほど再発の不安で落ちることもなく淡々としています。毎年不安定になる3月と9月も、なんとなく越えてしまいました。

サブリナの時と同様、私達は性別を聞かずに出産に臨みます。さて、どっちでしょうか?

2006.10.9

 


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