ママが良い
<新しい生活、始めます>
| 私は毎日、自分と夫の夕食を作りそれを食べてサブリナを実家に迎えに行くという生活を始めていた。7時半くらいに迎えに行ってもサブリナは夕食を済ませていなくて、お腹が減ったのと眠たいのが重なって母を困らせていた。そんな毎日が続いたが、7月の終わり母が疲れ始めた。迎えに行くと「疲れた」「しんどい」と言われる。私は、それを聞くことが苦痛で仕方なかった。体調は万全ではなかったがサブリナの食事も私が作り、早くお風呂に入れて寝かせた方がよいのではないかと思い始めた。夫や主治医、保健婦さんに相談して、そうすることに決めた。 最初はとても疲れた。どうしようもなく疲れて午前中は寝ている日々が続いた。何とかしなければ「また病気になるかも」と思い主治医と相談してサプリメントを摂ることにした。1ヶ月を過ぎたころ、サプリメントの効果が現れ始めた。私は、元気になってきた。午前中は寝ている生活を送っていたが、何か用事があれば難なく起きあがれるようになってきた。8月に抗うつ剤の服用をやめ、安定剤だけの生活が始まった。9月の終わりには、サブリナと保育園の親子遠足に参加することが出来た。朝からお弁当を作り、1日動物園でサブリナと2人で楽しむことが出来た。私にとってはそれはとても大きいことだった。 それからは、サブリナのいない時間を持て余すようになった。保育園にサブリナを迎えに行きたくなることもあったが、まわりには「まだ早い」と言われ、「暇だ〜!」と言いながらダラダラ過ごすようになった。10月、サブリナの運動会に参加した。去年は行きたくても行ける状態ではなかった。だから、サブリナが「サブリナちゃーん!」と呼ばれて「はーい!!」と手を上げて返事をして「よーい、どん!」で走る姿を見たり、親子競技に参加してサブリナを抱いて走ったときは本当に嬉しかった。同時に「サブリナともっと一緒にいたい」と思うようになった。 運動会を期に、私は週に1日保育園を休ませてサブリナと一緒に過ごす日を作るようになった。12月いっぱいで診断書が切れる事を頭に置いて、上手くいけば12月で保育園を辞めてサブリナと2人で過ごせるようになるかなという思いだった。 週に1日が2日になり、2日が3日になり・・・と順調に進んでいた。サブリナは保育園を休むことが多くなったせいか、保育園でベソをかくという事件が起こった。「サブリナ、お家に帰りたいの。ママが良いの。」と言ったんだそうだ。その後も、私の母がサブリナを寝かそうとしたら「ママとねんねするの。ばぁばはあっち。」と言ったり、義母がサブリナの乗ったショッピングカートを押そうとしたら、手を払いのけて「ママが押すの。」と言ったり・・・。鬱が酷かったときは私には寄りつきもしなかったサブリナが、理由もなく私にひっついてきたりするようになった。私としては、恥ずかしいような嬉しいような出来事が、なんども起こるようになった。「きっとサブリナは、ママが病気だって事をちゃんと分かっていたんだ。これからはもっと、サブリナと一緒にいよう」と強く思った。 母や夫、園長先生、保健婦さんなどと話し合い、12月6日夫と主治医と私で診断書を更新しないことを決めた。保育園の園長先生に言われた「今はサブリナちゃんが一番可愛いとき。ママと一緒が一番よ。」という言葉が、私の心を決めさせた。 12月いっぱいでサブリナは保育園を辞めます。新年から、サブリナと2人の生活が始まります。不安はいっぱいだし、自信なんて少しもありません。でも私は今、サブリナと一緒にいたい。後々後悔したくない。だから始めてみようと思います。ちょっとだけ頑張ってみようと思います。夢だった普通のお母さんになろうと思います。 2002.12.18 |