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3度目の入院
<長く続かなかった生活>

新しい生活は、長くは続かなかった。約1ヶ月後、またもや私は鬱に陥った。朝起きあがることはおろか、何もできなくなり、激しい孤独感に襲われ「怖い!怖い!」と泣き叫んでいた。
2002年11月15日、私は入院するように主治医に言われた。個室が良いが今はいっぱいだから他の病院に入院するように言われる。11月18日、入院先となる予定の病院に診察を受けに行ったが、その病院の医師の態度は悪く、とても信頼できるような医者ではなかった。私はその病院に入院するのを拒絶した。そして、いつもの病院に電話をし、その足で病院に向かい、大部屋に入院となった。

入院中も1日横になり、抗うつ剤とは別にさらに点滴を受ける日もあった。激しい孤独感があったが、大部屋の生活は辛いものだった。個室が空くのを今か今かと待つ日々だった。毎日を鬱々と過ごし辛くて、看護婦さんにその辛さを延々と聞いてもらったり、1人で泣いている毎日だった。毎日、夫に電話をかけ、「淋しい、怖い。」と訴えていた。外出許可も外泊許可も面会許可も下りない状態が続いた。

2週間後、個室が空いて移動するも休養は取れるものの孤独は消えることはなかった。主治医から気分を変えるために、外出許可を出すから、散歩をするように言われる。同時に目標を持つように言われ、2週間後の退院を宣告される。前回の入院が2ヶ月で、再入院までの間隔が短かったため前回の入院と合わせて3ヶ月で退院しなければならないとのことだった。加えて退院後3ヶ月は再入院できないとの決まりが厚生労働省で決まったことを知らされた。私の不安は増すばかりだった。

散歩をするようになって、少しだけ状態が良くなった。しかし、なかば無理矢理なにかをする生活だった。孤独感も不安感も消えることはなかったし、誰かの何気ない一言にも敏感になり神経が休まることはなかった。
無理矢理に体をなんとか動かし、日に何度も夫に電話をかけ「淋しい、2週間後の退院なんて自信がない」と訴えた。しかし夫は、「最初から1ヶ月の予定だっただろう。大丈夫だから、早く帰っておいで。」と言った。留守電には、「何も心配要らない、絶対大丈夫だから、早く帰っておいで。」と録音してくれた。毎日それを聞いては、自分に「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせる毎日を送っていた。

その後、予定の退院日に変更はなく毎日が過ぎ12月14日退院した。約4週間の入院生活が終わった。体調は決して良い状態ではなかったが、家に戻った。                             

                                              2003.7.2

 


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