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3度目の正直?
<退院後の生活>

退院後、また新たな生活が始まった。前回のスタートとはうって変わり、鬱状態でのスタートとなった。午前中は寝て過ごし、午後になると無理矢理起きて、これまた無理矢理散歩に出掛け、夕方サブリナを保育園に迎えに来る母の車に乗り実家で食事をし、仕事帰りの夫に迎えに来て貰うという生活だった。

午後になってもなかなか起きあがれず「私は怠けている。」と涙ながらに夫や保健婦さんや主治医に電話をかけた。「こんな私なら居ない方が良い。」と思うこともあった。そういう私に周囲の人は「居ない方がいい人の世話なんてしないよ。居て欲しいからみんなが手伝ってくれるんだ。」と私に言ってくれた。
孤独感も依然として残り、1人で家にいられない日もあった。友達に電話をかけ、遊びに行かせてもらったり、来てもらったりという生活を送っていた。保健婦さんからの提案で、「2週に1度訪問しましょう」ということにもなった。

自己嫌悪と死にたくなる自分を必死でかき消す毎日が続き、主治医からは入院の言葉も飛び出した。私はその時、何が自分にとって良いのか分からなかった。診察でも「しんどい」以外の言葉は見つからずほとんど話すことができない状態で、夫と主治医が話す様な状態だった。夫は3度目の入院を「入院しても、変わらなかった」と言い、「このままもう少し様子を見たいんです。」と主治医に告げ、家で生活する事を望んだ。抗うつ剤の副作用で生理も止まっていた。セカンドオピニオンもしてみたが、目に見える成果は無く、鬱状態は一向に良くならなかった。そんな生活が約4ヶ月続いた。

年が変わり2003年4月、主治医が最終手段と言って出した安定剤が私の体に合うことが判明。なんでも無理矢理だった私の体が、言うことを聞き始めた。相変わらず午前中は寝て過ごしていたが、起きあがれなくてどうしようもないということが無くなった。
4月半ば、日に3回だった抗うつ剤が日に2回に減った。そして、G.W.には旅行に行くまでになった。

旅行をきっかけに、午前中に起きあがる日が増えてきた。相変わらず孤独感は残っていて友達に助けてもらいながら、なんとか1日を過ごせるようになり、週に一度、食事を作るようになった。少しずつではあったが、自分でこなす家事を増やしていった。
そして6月には、抗うつ剤が日に1回になった。1人で過ごせる日も増え、食事は週に2回作れるようになり、保育園へのお迎えもできるようになった。

薬が減ったせいか、生理も再開した。それまで私を悩ませていた生理前の鬱状態(PMS)も消え始めた。出産前のPMSだった、肩凝りに形を変え始めた。鬱状態が良くなると共にPMSも「産後うつ」になる前に戻り始めている。

少しずつではあるが、私は快方に向かっていると手応えを感じるようになってきた。これからも、ゆっくりのんびり焦ることなく、手堅く。私は、自分のできることを自分のペースで増やしていけたらと思っている。
そしていつの日か、普通のお母さんになる日を願いながら・・・。同じように苦しむ人の力になれる日を願いながら・・・。

                                              2003.7.2

 


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