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すべてはここから始まった?
<きっと一生忘れない事件>

退院後、私は家庭の事情から実家には戻らず自宅で過ごし、近くに住む母が身の回りの世話に通うことになった。翌日の朝、母から「スーパーで買い物をしてから行くから」と電話が入った時、急に不安になった。母はとてつもなく要領の悪い人で、何をするにもイライラするほど時間がかかるのだ。単純に計算してもここに着くのは11時30分頃で、夕方までに家事をこなすのは不可能に近く「1ヶ月はゆっくり休むように」産婦人科で言われたが、私は掃除をして洗濯をした。”きっと母は自分がやったつもりになるだろうな・・・”と思いながら。(母はそういう人である。周りは振り回されっぱなしなことに気が付かない。幸せだなぁ)

予感は的中!結局洗濯と掃除は私の仕事になり、母はそれ以外のことをしてくれた。(後で聞いた話だが、洗濯はともかく掃除はもってのほかなんだそうだ。)たまに洗濯の途中で来ることもあったが、決まってこう言うのだ。「あら!洗濯してくれたの?まぁ、お産は病気じゃないからたまにはいいかもね。」(毎日やってると申し上げてる・・・)そう言ってしまえば良かったのかもしれないけれど、それを言うことで気分を悪くされるとそれもまた厄介だと思ったのだ。

10日を過ぎる頃から私は何とも言えない”疲れ”を感じるようになった。そんな時、母の友人(以後Aさん)から「カプリちゃんに食べてもらいたい物があるから取りに来て欲しい」という電話が入ったのだ。私としては「これ以上母の仕事を増やさないで!」という思いから出掛ける母に「すぐに帰ってきて!」と懇願した。とても嫌な予感がしたのだ。

またまた予感は的中!!車で取りに行った母にAさんは梅酒を出したのだ。母が「すぐに帰りたい」と断ったのでAさんは梅酒をビンに入れて「薄いから大丈夫よ。」と母に渡した。帰った母は「断るのが大変だったわ。夜には電話がかかるわよ。どうだった?って」と梅酒を飲んだ。私は止めたが、母の気持ちも良く分かった。Aさんはそういう人なのだ。

その後は大変だった。母はすっかり酔って寝てしまったのだ。「車で来た人にこんなに強いお酒を出すなんて。しかも産後間もない娘がいるのに。」私は疲れも手伝ってかなり怒っていた。「飲んでしまう母も母だ」と。目覚めた母に「こんなのは困るわ!」と叫んでいた。母は「寝てばかりいる人にそんなことを言われたくないわ!!」と大激怒。おそれていた”厄介”な状態になってしまった。(私、寝てばかりじゃないんだけど・・・)

それからというもの母は私にいろいろ手伝わせるようになり、ゆっくり休む暇など無くなった。夫が見かねて手伝ってくれたが、母がいるときは「お産は病気じゃないのよ、あの子にやらせなさい。」と夫が手伝うのを阻止するのだ。夫が何を言っても駄目だった。私は疲れ切っていた。

夜、サブリナが泣いても目は覚めるが体が起きあがらず、やっとの思いでおっぱいをあげていた。夜の間は夫が何かと手伝ってくれるが、朝が来れば仕事に出掛けでしまう。母がいない方が楽なのかもしれない・・・と思うこともあった。

忘れもしない8月7日。やっと少し横になれる時間が出来てウトウトしている時、電話が鳴った。Aさんだった。「もしもし?今、何してたの?」私は「寝ていました」と答えた。すると彼女は言ったのだ。

「あら!今日は21日目でしょう?床上げでしょう?お布団しまわなかったの?」

その後何を話したかは覚えていない。疲れがどっと溢れ、涙が止まらなかった。「あなたの梅酒のおかげで私は大変なことになっているんだ!!」日本の古き良き伝統かもしれない。だけど私には布団をしまって前の生活に戻る元気など無く、少しでも時間があれば横になる生活。そんな状態だったがお盆に親戚が大勢でやってきて散々騒いで帰っていった。帰り際「お産は病気じゃないんだから、そんな辛そうにするな。」と言われた。最悪だった。

「お布団しまわなかったの?」

きっと一生忘れないだろう。そのお布団は私が1月に入院するまでしまわれることはなかった。

                                             2002.5.27


 


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